秋の夜長の読書

クライアントさんからお借りしたものと、お勧めされた本。
「疾走する自画像」  岡本太郎
「火山のふもとで」  松家松史

前者は岡本太郎の自伝エッセイ。
パリで青春を送ったあと帰国してからの戦争兵士体験は、読む限り相当悲惨なものなのだが
ユーモアを交えて書いているのが岡本太郎らしい。
自画像を一度も描いた事がなかったことも彼の生き様を象徴するかのようである。
後者は架空の建築家のお話なのだが、その設定のなかでは実在する建築家や建物が出てくる。
フランクロイドライトに師事したという老建築家村井はあきらかに「吉村順三」で、現実であれば師事したのはアントニオレーモンド。
村井設計の登場する「夏の家」や「飛鳥山教会」はレーモンドの実作を連想させる。
時代を席巻するライバル建築家はいうまでもない「丹下健三」。
建築のことを熟知していないとここまでの描写はできないであろう表現と、繊細な文体は秋の夜長に
読むのにぴったりな本。
印象に残った文をいくつか紹介。
「割り算の余りのようなものが残らないと建築はつまらない。
人を惹き付けたり記憶に残ったりするのは本来的にはない部分だったりするからね。
しかしその割り算の余りは計算してできるものじゃない。」
「細部と全体は同時に成り立ってゆくものだ。
胎児の指なんていうのは、びっくりするぐらい早い段階でできあがる。
開いたり閉じたり、生まれる何ヶ月も前から指を動かしている。
建築の細部というのは胎児の指と同じで、主従関係の従ではないんだよ。
指は胎児が世界に触れる先端で、指は世界を知り、指が世界をつくる。
椅子は指のようなものなんだ。
椅子をデザインしているうちに、空間の全体が見えてくることだってある」
「建築は芸術ではない。現実そのものなんだよ」
調べてみたら作者である松家氏、自宅の設計は吉村氏に師事した中村好文氏であることも納得である。
お勧めいただいたクライアントさんに感謝。。。

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